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◆この交通事故事案は大きな前振りでして、37歳で巻き込まれた交通事故の後遺症に10年以上も悩まされる結果になったのです。特に右足首の痺れや針で刺されるような右足首から足裏にかけての神経の痛みは治療のしようがなく、そのまま騙し騙し日常生活を送っていたら神経そのものが徐々に壊死をしていく最悪の状態に悪化。首を動かすたびに右足首へ激痛が走ることで、ベッドでの睡眠時に寝返り打つとその痛みで飛び起きるほど地獄の様相に……。痛みに耐えきれなくなり病院へ行くと右足を膝下から切断することを推奨される。私としては右足を一本失ったとしてもまだ左足は残っているから大丈夫だ、と自分に言い聞かせ47歳の6月に右足を50cm切断し、リハビリ生活も含め4カ月の入院生活余儀なくされる。本来は半年以上の入院が妥当ではあるが、妻と幼稚園の娘を自宅に残したまま入院していると仕事もできず生活苦がいずれ訪れてしまう懸念もあり、若い頃の体育会生活を思い出して一日に4~5時間のハードなリハビリ・トレーニングで身体を鍛え上げ強制的に退院。

自分自身に眠っている身体能力の高さを信じ、そのポテンシャルを自主的なリハビリで活かした結果である。右足を即決で切断する決断をし、敢えて自ら身体障害者の道を選択した私ではあるが「セカンド・オピニオンを探すべきだったのでは?」「健常者時代にやり残したことをしてから切断したほうが良かったのではないか?」など周囲から色々と言われたが、私は真っ直ぐしか見れない実直なバカなのでそんな寄り道をしている時間はなかった。兎に角、早く社会復帰して家族のため、そして会社スタッフたちのためにも仕事へありつきたかったのです。

右足を切断して身体障害者となり、4カ月の入院生活で人生の価値観が大きく変化していきました。1年の3分の1も病院での入院生活なんて48年間生きてきた中で初めての体験でしたし、リハビリ病院での生活では脳症を患っている方々が多く、片麻痺のせいで絶望感しか抱いていない患者さんたちと必然的に多く接することから、健常者では決して分かり得ない実体験でのツラさを痛いほど堪能しました。

私自身の右足へ義足の装着が可能になったのは退院するわずか10日ほど前の直前。それまでは病院内や時折外出許可を頂き、出掛ける際には常に車椅子生活。しかし、その車椅子生活で繁華街へ買い物などで出掛けると、まず車椅子のまま入れるトイレを探すのも大変だし、食事する場所もバリアフリーな入り口を見つけないと入れないので選択肢が狭まる。そもそも車椅子で街中にいるだけで奇異な目で見られるわ、スマフォ歩きしている人たちからは車椅子にぶつかりそうになると邪魔者扱いを受け舌打ちまでされたりとか、障害者などに対する冷ややかな目線を嫌になるほど味わってしまう。障害者及び車椅子生活をしている御高齢の方々はこれじゃあ外出なんてしたくなくなるよなぁとネガティブな気持ちが発動する理由を痛感。

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