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◆白バイ隊員は小学生の頃に『ワイルド7』という漫画を読んだ際にチャンスがあったら白バイ隊員になれればなぁという程度でしか考えていなかったものの気持ちが再燃。色々と条件が合わず白バイ隊員=警察官になる夢はスグに経たれたことで、今度は『ロボコップ』という大傑作映画を撮ったオランダ人の監督を一生応援して行かねばと気持ちをシフト。

目標を1つでも作るとそれに向かって実行していく魂は早くも発動。映画業界へ入って『ロボコップ』を自分の手で支えていくしかないと意味もなく誰かに頼まれたわけでもなく、そんな使命感に駆られていき、19歳の時に高校の卒業を待たず、そして親の静止も振り切りカリフォルニアへ渡米。お金はバイトの掛け持ちで十分にあったからこそできた荒業ではあるが、3カ月の観光ビザで目一杯滞在後に帰国、そして再び懐に余裕ができたらまた3カ月渡米する繰り返しを続け、ロサンゼルスの空手道場にてハリウッドで仕事をしている映画関係の方々と多く知り合う結果に。

19歳の頃から”行動力””実行力””決断力”を自分自身へ課すようになり、それは48歳になって区政に活かそうとしている現在もブレることなく一切変わらぬ思いなのです。日本と米国を頻繁に行き来するようになるも、ロサンゼルスで空手を学ぶようになったことから身体付きがたくましくなっていき、フリーターとして定職にも就いていなかったことから「もう1回プロレスラーに挑戦してみよう」と思い立ち即実行へ移す。

日本へ帰国後、浅草のアニマル浜口ジムへ入門しプロレスの練習から筋トレの基礎などを叩きこまれる。20歳という恐れるものがない若者の考えることは常人からすると理解に苦しむでしょう。が、私の場合は周囲から「バカ」と言われるごとにそれが実行力を生み出すエネルギーへ変換されていく珍しいタイプの人間でして、「猪突猛進型のバカ」と呼ばれるのは誉め言葉(と思いたいですが)として受け止めております。

空手をしたり身体を鍛えたりするのが楽しくなってしまっていた20歳の夏。自分自身の進路はこのままプロレスでいいのか、本当に後悔しないか、プロレスは空前の大ブーム(当時は凄い人気でした)だがブームはいつか去るわけでリスクは高すぎるのではなかろうかと自問自答するようになる。

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