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ヒストリー

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◆30歳になった頃にはフリーライターとして仕事が数多くこなせるようになり、その一方でテレビ番組の裏方仕事も並行してこなし、DVDなる新しいメディアが押し寄せてきたことで映像関連の仕事も次第に増えていく。ゲーム番組の裏方担当ではあったが、タレントを使えるほど番組制作費が潤沢になかったことでゲームを教えるお兄さん役でレギュラー出演するようになり、と同時に様々なテレビ番組から出演オファーも多く届くようになる。仕事も順調で個人のフリーランスワークだけでは手が足りなくなるほどオファーが各方面から頂くようになる。信用関係での付き合いから営業せずとも友人知人から沢山仕事が舞い込んできていたおかげで人生初めて断る勇気も大事だと痛感。

そこで7年間交際した女性との結婚を機に会社を起業しようと31歳で思い立ち、半年間のプランで事業形態などを組んでいく。その間にこれまた友人から絶妙なタイミングで「有限会社を持っているんだけど代表を引き継がないか?」という有難い提案の申し出が。結局引き継ぐことで合意し、31歳の夏から有限会社クルーズの代表となって48歳の今に至ります。裏方で参加していたゲーム番組が視聴率の悪さで終了し、その時にディレクターを務めていた先輩からの声かけもあり、警察密着番組の仕事へ参加するようになる。今では民放各局が3カ月に1度ぐらいのペースでオンエアしているが、当時から高視聴率の取れる番組コンテンツで機動力の高い人間が欲しいと行動力を最優先する私に白羽の矢が立った。初仕事ほど一生忘れられない記憶が残る。高速道路でのトラックとバイクの接触死亡事故の現場撮影。

バイクがスピード出し過ぎたようで緩やかなカーブを曲がり切れなく転倒。運転手だけがそのまま並走していた大型トラックの下敷きとなりヘルメットの上から頭部を踏みつけられていた。私も16歳からバイクを活用するライダーでしたので、最初の仕事でこの凄惨な事故現場の模様を取材すると心がいたたまれなくなり、まさか現場で嘔吐するはめになるとは……。ヘルメットを被っていても大型トラックに頭部を踏みつけられてしまうと頭から顔半分が損壊してしまう酷い事故状況に気の毒で涙を流しながら現場取材。当然、バイクの運転手は即死でこの状況を目の当たりにすると交通事故を世の中から減らすには交通違反者をまず減らしていかねばならないことと、事故を起こすとこのように加害者も被害者もそして遺族など関わっている人たちの人生がみんな狂ってしまうんだという報道をしっかり伝えていく重責を強く抱かざるをえなくなった。

32歳から47歳まで警察密着番組の仕事を務めてきたが『ロボコップ』好きから始まった正義と悪に立ち向かう勇気など、生きていくうえで沢山学ばされることがあったのも事実。15歳から色々な仕事を体験してきた中で一番密度も濃く、普通の人では味わえない経験も得られ、自身の成長も密着取材していく中で体感できました。有限会社クルーズの代表になり、まず映画やゲームの宣伝PR業務をスタート。自分自身のポテンシャルが最大に活かせる仕事はこれだろうという判断。少ない予算で如何にして作品を幅広くアピールしていくかはサラリーマン時代に散々味わってきたこと。

予算がないならば知恵と今まで培ってきた人脈を使って皆さんに協力を仰ぎ、作品の価値を上げていくしかない。次に雑誌などのページ作成を行なう編集プロダクション業務も並行して開始。雑誌にDVDがオマケで付属されるようになり、映像制作からDVD制作の仕事も大量に発注が増えてきた。さらに自社媒体を作って自由に報道していこうと考え、ウェブサイトの運営も始めたりとスタッフを数多く抱えて仕事の幅は次第に拡大。私自身も経営者として新聞やテレビ、雑誌のインタビューなどに登場し自社のIR活動に精力を注ぎながらも書籍の出版を行なう。すると文化放送からお声がかかり、60分のラジオ番組内で毎週20分のレギュラー枠を務めることに。

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